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東京 深川散歩
(2018年5月4日)

今年のゴールデンウィークは東京。
3日にコミケ、5日にコミティアへ出店するためです。
谷間の4日を中心に観光した記録です。

宿は上野、ちょっと歩くと秋葉神社です。
そう、秋葉原の地名の由来はこの神社。
コミケ出店もあり、まずはご挨拶。

そして深川へ移動。
今回どこを歩こうかとホテルで考えていてふと思いついたのが
芭蕉ゆかりの地。そう深川です。
ひっそりとした住宅街にあるのが芭蕉稲荷神社。


境内をよく見ると石碑には芭蕉庵跡の文字が



すぐ近くには展望台。
芭蕉さんの銅像もあります。


そこからの眺めが下です。


芭蕉案の近くには地図会社がありました。
旅の達人と地図会社、そうそう深川は日本地図を作った伊能忠敬にも縁がある地です。(後でよった資料館で知ったんだけどね)


そして芭蕉記念館です。


ここにはカエルの石像があります。
大正時代の高潮により出土したものでこれこそ芭蕉庵にあったカエルの置物。っということでその芭蕉が資料館になったそう。お近くにお立ち寄りの際にはぜひご覧ください。


芭蕉は奥の細道に出かける前に芭蕉庵を手放しました。
(それが奥の細道の最初の句、草の戸も住替わる代ぞ雛の家でしょうか、和夢の第2部でも取り上げましたが・・)
そしてすぐ近くの杉山杉風の採茶庵に身を寄せていました。

採茶庵(さいとあん)跡です。


もちろんここにも芭蕉の像。


ただ実際の採茶庵の場所はここから南西に140mほど下った場所。そのあたりを散策した感じですが、
おそらく下の場所、小津安二郎(名監督)の生誕地の近くではないかと思いました。


そして採茶庵と芭蕉像の場所と橋の反対側にちょっと驚きの史跡を発見。そう、下の駐車場の一角にあり、執筆中の和夢第2部にドンピシャな場所。




滝沢馬琴(別名:曲亭馬琴)の誕生地です!
そこには南東里見八犬伝の碑積み上げられていました。
和夢、第2部犬編を描くにあたり読んだ小説こそ、南総里見八犬伝、現在も八犬士を描いている最中、そんなときに芭蕉さんの銅像の目と鼻の先に生誕地があったことで何重にも驚きました。


昼飯を食べた天ぷら屋さん。・・・でも食べたのは深川めし。
そうそう、地ビールもいただきました。(まだ昼前でしたが)


深川の資料館も訪れました。
この地は作家さんにゆかりがあったり、多くの作品の舞台になっていることを知り、驚きました。作家の聖地かも・・。
天ぷら屋の大将もいろいろ教えてくれた楽しかったですね。
池波正太郎さんの名作必殺仕事人シリーズの「長谷川平蔵が歩きまわっていたような場所」って表現がまた面白かった。

資料館には当時も街も紹介されていて、ちょっと一人で回るにはもったいないような場所でした。


散歩を続けるとのらくろを掲げた商店街が。
後でネットを見たらのらくろの資料館があったようです。


商店街はちょうど祭りをやっていて土俵も用意されていました。両国も近いことからこの辺りは相撲部屋も多いからかな。


さらに歩くと相撲神様の野美宿祢(のみのすくね)神社がありました。(しまっていて入れなかったけれど)


そしてここからがビックリ
尊敬する人にゆかりの地がつぎつぎ現れるではないですか!
なんなんだこの辺りは!驚きがじゅじゅ繋ぎでした。

北斎美術館(展示方法はもっと彼の人生にも迫ってほしかった気もしますが)


山岡鉄舟旧宅(円空さんの旅でも出会いましたが、ここでも。富士登山の前には鉄舟さんの墓参りをしてから臨みました。
”晴れてよし、曇りてもよし富士の山、元の姿はかわらざりけり”鉄舟が無刀流の境地を開いた時の句)


芥川龍之介の生誕地
(この後に読んだ古今和歌集で芥川龍之介さんにちょっとアクセスしたような気持になれました。詳細は98話のあとがきにて)


勝海舟生誕地。
江戸無血開城は勝海舟と山岡鉄舟、そして海舟に鉄舟を紹介した高橋泥舟の3艘の舟がいてこそ実現した偉業でした。


そうこうしているとこの辺りの花形観光地、江戸東京博物館には入りそこねてしまいました。



そして江戸東京博物館のわきにひっそりと建っているのが
徳川家康像です。


いやあしびれる散歩でした。


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