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金鶏山・金華山の旅(岩手・宮城)
(2018年9月15・16・17日)

義経・奥州藤原氏の欠片

平泉というと金色堂が鮮やかに光を放ちすぎて他の観光地にあまり
焦点が合わないような気がする。
しかしここにはたくさんの歴史の欠片がある。

平泉金色堂を後にし駐車場へと向かう長い坂道を下る。
駐車場へそのまま向かわずにまっすぐに坂を下りきると大きな石が立ちふさがる。
武蔵坊弁慶の墓だ。
昔読んだ物語では、義経を逃がすために立ち往生で矢を受けて絶命した弁慶。素朴で大きな石がなんとなく弁慶らしい。


駐車場で食事をとる。
平泉は岩手県、盛岡れーめんと朝までいた宮城の名産、ずんだもちのセットを食べた。

下は義経堂。
金色堂から少し離れた、小山・・・丘のような場所の上に建っている。

義経は兄の頼朝と仲をたがえてから、逃避行の末、ここ奥州藤原氏の元に身を寄せた。
藤原氏三代目の秀衡は頼朝の要求をつっぱね、義経を保護した。
しかし秀衡がなくなると、四代目の泰衡は義経の屋敷、高館を襲い、義経を自害へと追い込んだ。

ここに芭蕉の句碑がる
「夏草や つわものどもが 夢のあと」

ここに車でこの句は奥州藤原氏三代の栄華とその終わりをうたったこのかと思っていたけれど、ここに来て、この句は義経や弁慶のことをうたっているんだと知り、言の葉がどーんと迫ってきた。
芭蕉の奥州の旅で一番来たかったのはここなのではないだろうか・・・



下は義経堂辺りから見下ろせる景色。
雄大な流れは北上川。


そして下の景色は
北上川の対岸から平泉川を映したもの。
わかりにくいけれど左半分の手前のなだらかな山が金鶏山。
背景の大と重なって判別がつかないけれど、ここが和夢、黒狼の本拠地です。


金鶏山の登山道入り口には義経の妻と子の墓がある。
ここに移築されたようだが、義経は屋敷を襲われた際、
妻子を殺害し、自らもその命を絶った。


義経にまつわる場所はこれまでの各地を訪れてきたので考え深い。


下は毛毬寺。ここの雄大さは奥州藤原氏の名残を感じさせる。


大きな庭が当時をしのばせる。


ここにも芭蕉の句碑がある。
左側が芭蕉直筆の「夏草や・・・」の句碑。
ここには英語版の句碑もある。



平泉を後にして、再び仙台を目指す。
途中、「金成」というPA(パーキングエリア)が気になって立ち寄った。
そこには小さな立札がある。



そう、ここで砂金が出たことから奥州藤原氏の黄金時代がはじまったというその由来書きだった。

夏草や つわものどもが 夢のあと

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