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2日目(午後) 山形サイクリング
(2019年4月28日)

山形到着!
駅近くに予約したホテルに荷物を預けつつおすすめのランチ情報をきいてみました。

そして教えてもらった板蕎麦屋さんへ!
山形駅から東へ、さぁっ歩きます。駅から県庁へと続く道は緩やかな上り坂、なんとなく高原・・・ってことばが浮かびました。

そうしてありついたのが下の板蕎麦。良い感じのお店、大通りから外れた場所にあり、ホテルで訊いていないと絶対に気づかない場所にあるお店でした。うまかった。


お蕎麦屋さんから大きな通りにでると、神社が・・
ここは歌懸稲荷神社(うたがけいなりじんじゃ)。
藩主も城下の人達もここに歌を奉納したいたそう。
奥の細道の足跡を訪ねている身としてはもってこいの場所です!
かつてはこの近くに歌を詠まないと渡れない橋もあったそうです。
(なんと風流な・・・)

境内には商いの神様も・・・



下の山形まるごと館 べにの館でレンタサイクルを借りました。
返却場所はいくつもあってなかなか便利なシステムです。
この施設では食事、お土産、展示スペースなど複数の施設が一緒になっていて、日本酒の飲み比べ自販機もありました。
お金を入れるとプラスチック製のおちょこ一杯分お酒を注いでくれます。
この自販機を使ってみたくて結局レンタサイクルはここに返却、ホテルに帰って休む前は利き酒タイムで。


レンタサイクルで向かったのが山形城跡です。
その規模が最大であったのが最上義光の時代。
そう、午前中に訪れた前田慶次が撤退戦で殿(しんがり)を務めた戦の相手である。
戦国の時代ってのは本当に猛者が多かったのだと考えさせられます。


お堀には一面にたんぽおの黄色い花が点々と続いています。

関ヶ原の合戦の時、この城からわずか8キロほどの長谷堂城にて最上軍と上杉軍が激突した。
最上郡は東軍(家康側)、上杉軍は西軍(石田三成側)である。
長谷堂城が落ちれば山形市内が戦場になる・・・という中、関ヶ原の戦がわずか一日で東軍の勝利に終わったという知らせが届いたのである。

そこで上杉軍は兵を引き、会津の地へ撤退することに、それを最上郡は猛追した。

山形城の天主跡、しかし最上義光は百姓の負担になるからと結局、天主はつくらなかったとか・・・


下は最上義光像


最上義光歴史館



城跡の一角は公園となっていてここには文化施設も集まっている。
その一つが県立博物館。


ここには縄文のビーナスと呼ばれる国宝の土偶が展示されている。
その美しさゆえに国宝に指定されたのであるが。まるでパンタロンをはいたバンドの女性ボーカルのよう。
腰サイドの柄や首輪もオシャレだ。


下は美術館。
なかなかいい展示をやっていてラッキーだった。


山形でレンタルした愛車です。



ホテルで休憩すると、夜に街へ出かけました。
寿司も握れて郷土料理が出るお店へ。
そこでびっくり。
給仕の女性の顔を見てどこかで見たような・・・と思ったら宿泊しているホテルのフロントにいた人だった。
「もう一つの顔です・・・」と夜は居酒屋さんで働いているとのこと。

山形は山菜がおいしかった。
山菜の天ぷらの盛り合わせは広島では見たこともないようなものばかり。
写真の手にもってぶらさがっているのは葉の部分だけを食べます。


郷土料理のたまこんにゃく。
味が染みておいしかった


さあ、まだ旅は二日目、おいしい料理と地元の酒を楽しんで早めにホテルへ戻りました。


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