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6日目 出雲崎と長岡
   (奥の細道、河合継之助)
(2019年5月2日)


前日に飲み歩きを断念したこともあり、朝早くホテルをチェックアウトすると駅へ

特急に乗り込みました。(便が少ないから逃すことができない。朝の6時前の始発です。)


途中、新潟で乗り換えて長岡駅へ到着!


駅近くでレンタカーを借りると一路北へ向かいました。
長岡は内陸の街ですが北へ北へと向かい、日本海へ出るとそこは出雲崎。


この海の先に佐渡島があります。


道の駅の中に博物館があります。
佐渡島は金山で有名ですが、出雲崎はその金の寄港地。
当時の船や町並みなども展示されています。


博物館には良寛さんの像が。


道の駅で、貝を食べて腹ごしらえ、それでは出雲先を探索します。


丘の上のお寺へ続く階段。


ここには俳諧伝灯塚があります。



眺めが素晴らしい!


そして芭蕉像です


荒海や 佐渡に横たう 天の川

佐渡島は順徳天皇や世阿弥の配流の地。
本土への思いを天の川に例えたのでしょう。

芭蕉宿泊地跡。




海と丘のわずかの距離なのにむやみに広い道。
(両側に車が止まっているのにさらに車が離合できそう)
おそらくかつてはこの坂をつかって舟を出し入れしていたのではないだろうか。


また良寛さんの像。


そしてまた良寛さんの像。


ここは良寛さんの生誕地です。
生涯寺を持たず地元の方たちと交流をしながら仏道を歩んだお坊さん。
書などの才も。



近くには住吉神社。
住吉さんは海上交通の神様でもあります。


住吉神社の横の階段をあがると石井神社。


かつて各地を平定した大国主命(おおくにぬしのみこと)が佐渡を平定しようと思うが舟が無いと気づきます。
そんなときここの井戸の水を撒くと一夜にして気に育ち、その木で舟をつくって佐渡へわたったそうです。

出雲というと島根兼なのになんで新潟に出雲崎があるんだろうとずっと疑問に思っていたけれどおそらくこのお話、大国主命がここから海をわかったことが語源なのではないだろうか。



出雲崎には良寛さんの記念館があります。


ここの眺めもまた素晴らしい。


出雲崎から長岡へ戻る途中、看板に惹かれてソーメン屋さんに立ち寄りました。


名水でつくられたソーメン。
(ここで日本酒ラーメンってのも購入)
お店の前の名水「縄文 雪つららの水」を汲みに来る方も見かけました。
帰る前に一掬い喉を潤してから車へ。




そして長岡市内へ戻り、立ち寄ったのが今回の旅の目的地の一つ。
河合継之助記念館です。
司馬遼太郎の小説「峠」の主人公にして越後の蒼き龍と呼ばれた男。
その足跡と空気を吸いに。


河合継之助像です。
幕末、藩の借金をわずか数年で何万両ものプラスに展示させ、当時日本に3問しかない機関銃ガットリング砲を2門購入。
スイス人商人との出会いもあり、幕末の戊辰戦争の中、越後にスイスのような独立国を夢見た男。
薩摩藩との交渉は決裂し闘わざるを得なくなったが、一度奪われた城を自らもガットリング砲を操り、一度は奪い返した。
しかし会津への敗走戦のなか銃を受け、命を落とした。



その次に訪れたのが山本五十六記念館です。
太平洋戦争の開戦前、アメリカと闘っても勝ち目はないと反対を訴えていたが、戦わざるをえないと決まった後は自ら真珠湾攻撃の作戦を立てた。

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ

五十六の名言。

なんとなくこの長岡が生んだ二人の運命はどこか重なって感じます。


河合継之助の墓所のあるお寺。
ここにはスマホマンガ和んだふるたい夢の中での芭蕉さんのモデルにした飲み屋のマスターが以前にいらしたことがあるそうで、
「継之助は長岡の街を戦場にしたため住民から恨まれ石を投げられて墓はボロボロになっている」と聞いていた。
後から知ったけれどちょうど同じゴールデンウィークに同じ飲み屋の常連仲間の夫妻が同じ場所を訪れていたようでした。


山本五十六の墓所はここにあります。


新潟県立博物館。
県立博物館は県庁所在地の新潟市ではなくって長岡にあるんだな。


この日の愛車です。
ちょっと匂いがあったかな・・・


さあて、ホテルへチェックインするとしばらく休憩。
そしておそばを食べに出ました。
長岡名物 へぎそばです。
一口分ずつとりやすく束ねてあります。


これはなんだったっけ!?
出雲名物のもずくを使った何か・・・?
2か月以上たって忘れてしまった。





もちろん地酒も。


もう一軒飲もうと歩きさまよったもののどうも気が乗らず結局ホテルへ戻りました。


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